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アマゾン川ツアーに参加するためには避けて通れない道、デスロード。この道を通る20時間のバス移動を経てやっとツアーの拠点、ルレナバケにたどり着く。はずだ。。

地球の歩き方によると、デスロードと呼ばれるこのあたりの道は「年間約200人もの乗客が、谷底に転落し命を落としている。」らしい。本当か?しかし、「事故のほとんどは道が非常にぬかるむ雨季(11月~2月)に起こり、また、だいたいは大型バスやトラックなので、旅行会社の小さなバスで雨季を避けて行けば心配いらない。」となっている。

今日は1月30日、雨季真っ盛り。

我々の乗ったバス、50人乗りの普通の大型バス。。
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完全にアウトである。

しかし、「デスロードを通らない新しい道ができた」という出所不明の噂を耳にしていた我々は、まあ、大丈夫かと乗り込んだ。

すぐにこういう道が現れる。
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引き続いて絶望の瞬間が訪れる。こんな道で大型バスとご対面。
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ボリビアは右側通行なのに、何故かデスロードだけ左側通行という謎のルールがある。行きは左側がずっと崖なので、我々のバスは常に谷側。もちろん帰りは逆なのだがこの際、先のことはどうでもよろしい。
しかも我々の運転手はとても気弱で、対向車が来ると必ずにらみ合いに負けて後進を始める。僕は日本ではたいがい相手に道を譲る優良ドライバーだったが、ここはデスロード。この心優しいドライバーに殺意すら沸いてくる。デスロードで、大型バスで、谷側で、ぬかるんだ道を、誘導なしでバックってどういうことやい。

最後列に座っていた我々は「自分達の命は自分達で守るしかない。窓から後ろを見張り本当にやばい時は叫んで運転手に知らせよう。」と示し合わせる。しかし、僕とケンタ君は決して窓側の席に近づかなかった。想像力豊かな我々男子は、自分達が乗っているバスが落ちていく瞬間なんて見れたものではない。

案の定、気は弱くて道は相手に譲るくせに、ノールックの後進については驚くほどの度胸を見せる我がドライバーが、猛然と後進を始める。すぐに窓側にいたアキコちゃんが(楽しそうな)悲鳴を上げる。しかしバスは止まらない。そこから2-3メートルは進んだだろうか。気が付くと我々の座席は崖下200メートルの宙に浮いていた。どうやらバスの後輪はかなり前についているため、最後列の席は宙に浮いていても後輪はちゃんと地面についているようだ。(←ここら辺の検証について、僕はビビッて窓から外を見なかったので、アキコちゃんのレポートに基づいている。「あー、浮いてる~」という言葉が印象的だった。)

この恐怖は本物だ。まあ、楽しいっちゃあ楽しいが、それは今だから言えること。。今日のこのバス旅行に比べたら、昨日の自転車ツアーなんて安全お気楽なものだったなぁ、と思う。バスが谷に落ちかけた時の脱走経路まで妄想したのは、初めての経験だった。

デスロードを抜けた時には言い知れぬ疲労感に包まれていた。。
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by shingo20100620 | 2011-01-31 05:36 | ボリビア編
デスロードツアーの後、ラパスに戻らずゴール地点のコロイコに宿泊。コロイコは、ラパスとアマゾンツアーのベースとなるルレナバケの間にある山あいの小さな町。1泊して翌日ルレナバケに向かう予定だったが、デスロードツアーで一緒だったケンタ君、アキコちゃんと意気投合してそのまま連泊。彼らが計画していたコロイコ近郊のピクニックにも乗っかる。

トレッキングというと仰々しい感じがするが、今日はピクニック。朝もだらだら、昼前にそろそろ行くかという感じで紙ぺら1枚の手書きの地図、水、お菓子、果物、パンを用意していざ出発。治安が良いとふらふらと歩けるのでうれしい。

昨日のデスロードツアーの出発地点は吹雪の中のゲレンデのようだったが、ここは夏休みの日本の田舎のようだ。さんさんと照りつける太陽がまぶしい。昔はよくおばあちゃん家の裏山にお菓子を持って探検に行ったなぁ、と思い出す。

自然の中は歩くだけで色々な発見がある。鳥の巣と思われる木の枝からぶら下がっている変な塊、蟻の巣を荒らす楽しみ、マンゴーやバナナ、コーヒーの木(?)の実がどのように生っているのか知らなかった。たった200円か300円程度で思いっきり遊べた今日は昔を思い出したようで楽しかった。

しかし酸っぱい柑橘系の実を見つけたときに、「これはビールに入れよう!」となったのは大人だけの発想。


日本の夏
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鳥の巣?
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by shingo20100620 | 2011-01-30 05:03 | ボリビア編
ラパスで有名なツアーの1つ、デスロード自転車ツアーなるものに参加する。何という名前だ。スタート地点は標高4800メートルでそこから1200メートル地点まで3600メートルの高低差を一気に駆け下りる。上り坂はほぼ無し。ほとんど富士山の山頂から海岸までチャリで下るというものだ。世界はスケールがでかい。

自転車は性能によって値段が変わるらしく、僕は1番安いタイプ、嫁さんは下から2番目のタイプをチョイスする。いくらボリビアといえども、ブレーキくらいは効くだろう。

スタート地点に到着。標高4800メートルは自転車で行く場所ではないと思う。運動するからと軽装でいったが、そこは一面、銀世界。ものすごく寒い。出発前に自転車の説明を受ける。「左が前輪のブレーキで右が後輪で、止まるときは80%は後ろで、20%は前・・・」と人生初の運転レクチャーを受ける。何てことはないのだが、改めて説明されると飛行機の操縦方法かというほど難しく感じる。
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デスロードという名のとおり過去に多くの人が崖から落ちているらしく、道々に沢山の十字架があった。道幅もあり、まさか自転車運転中の落下はないだろうと思うのだが、この十字架の犠牲者は後ろから車やバスが来たときに端によけてそのまま落ちてしまったものだという説明を受ける。確かに草木に覆われて一見何かありそうにも見えるが、実際は200メートルの崖だったりする。とても怖い。それでも、銀世界からジャングルまでの景色の移り変わりはとても綺麗だった。
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ほとんどペダルをこがず、ひたすら5時間以上下り続けた。ブレーキのかけすぎで、手のひらの真ん中に痣ができた。昔、自転車で東京から秋田まで旅したとき、上り坂の苦労のあとの下り坂がとても嬉しかったのだが、このツアーはただただ下りのみ。贅沢すぎて、ずっと続く坂道をもったいなく感じてしまった。
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by shingo20100620 | 2011-01-28 08:36 | ボリビア編
旅をしていると、色々な宿に出会う。
安い宿・高い宿。綺麗な宿・汚い宿。広い宿・狭い宿。明るい宿・暗い宿。おしゃれな宿・味気ない宿。居心地のよい宿・悪い宿。感じのよい宿・悪い宿。

今回は、印象に残ったボリビアの3つの宿。1つ目はボリビア入国直後のコパカバーナの安宿「Hostal Florencia」。道中よい噂ばかり聞いていたので向かってみたのだが、何より驚いたのは原因不明の日本人限定・溢れんばかりのホスピタリティ精神。

まず、初対面なのに満面の笑み。先着した欧米人バックパッカー2人組へのぞんざいな対応から一変、無条件肯定のオーラが漂っている。そして日本人であることを告げると、もう一抱きかかえんばかりの勢いで長距離移動直後の僕たちを迎えてくれた。一体、我々が何をしたというのだ。丁度、親戚のおばちゃんに会いに行ったときに、血の繋がりというだけで無条件に迎えられるという感じに似ている。

旅をしていると、時々びっくりするくらいの日本大好き外国人と出会うのだが、ここのお母さんは特に凄い。本業の宿泊費も日本人だけ何故か特別プライス。他の国の人々は1泊20ボリ(260円)なのに、日本人は15ボリ(195円)。キッチンを使えるかと聞いてみると、自分達の料理もそっちのけで「好きなだけ使いなさい」と言ってくる。さらに「具は何も入れないの?この卵を入れなさい」と卵までくれる。一番良い部屋をあてがってくれる。建物の中で出会う度に満面の笑み。

結局滞在3日間、大好き光線を受け続けながら過ごした。先人達が何をしたのか知らないがもの凄い日本人贔屓である。何故この人は日本人だけに対してこれほどの好意を抱いているのか、という興味が湧いたが、なんだか圧倒されてしまい結局聞けずじまい。

出発の日に、みんなで写真を撮って、嫁さんは折り紙をプレゼントして別れた。

2つ目の宿は、同じコパカバーナの超おしゃれ宿、「LAS OLAS」。同宿の旅人の方が丘の上に建っているところをたまたま見つけた高級コテージだけど、1泊38ドル。物価が激安なボリビアだけあって、我々にとってもたまの贅沢という名目で許容範囲な値段設定だ。ドイツ人の建築家が建てて、その息子さんが管理人をしていた。足の指先まで気を配って作ったような部屋で、造り手の遊び心が充分に伝わってきた。生涯泊まった宿でも5本の指に入る良い宿だった。興味のある方はこちら

ティティカカ湖に面したガラス張りの明るい部屋
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暖炉
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部屋の中のハンモック
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庭のハンモック
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ティティカカ湖を一望
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3つ目の宿は、ラパスのいわく付きの宿「Hostal El Solario」
泥棒が頻繁に入ったり強盗がきたりということで有名らしい大変な宿だけど、それよりもびっくりなのは従業員たちの日本人(東洋人?)大嫌いな雰囲気。日本人ということだけで対応がもの凄く悪くなる。話しかけても大体が露骨に無視されてしまう。コパカバーナの宿から連続していただけに、180度正反対の対応に逆に思わず笑ってしまった。

宿も色々である。
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by shingo20100620 | 2011-01-23 05:37 | ボリビア編
朝8時30分の船で太陽の島に向かう。この島は何でもインカ帝国の王様にまつわる伝説があるとかなんとか。

しかし何も知らない我々。朝、港でチケットを購入する。どうやら島の北側で降りて、南側まで歩くらしい。

我々が持っている事前情報は、ただただ船が遅いこと。20キロ離れた太陽の島まで、時速10キロの船で2時間。どんだけ遅いねん、と思っていたけど確かに遅かった。エンジンの調子が悪く全ての船に追い越され、2時間30分ののろのろ航行の末、島の船着場に到着する。

散歩気分で訪れた我々を待っていたのは、3時間超の強制トレッキング。インカトレイルの疲れも癒えていないのに、またもや歩く。

何もないのが良かった、というくらい何もない島を縦断する。

インカトレイルの踏破の自信が揺らぐほど、疲れた。。。


朝の船着場。すごい行列
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太陽の島に到着
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島の北側
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豚がかわいかった
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たまに、写真は記憶を美化するような気がする。
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by shingo20100620 | 2011-01-22 08:17 | ペルー編
我々の中での旅のルールである。移動時にはセキュリティーがしっかりしていて、盗難や強盗の心配がなるべく少なくなるようなバス会社を選ぶようにしている。少々高かろうが、結局は安く付くと思う。

ペルー=ボリビアの国境越えも宿の人から信頼できるバス会社を教えてもらった。薦められた2つの会社のうち、目的地に直行便で行ける高いほうのバス会社を選ぶことにした。

夜10時30分、バスに乗り込む。預け荷物にタグをつけるのはセキュリティーがしっかりしている証拠。車内はいたって快適。我々は予約時に確認した2階の一番後ろの席に乗り込んだ。リクライニングも180度近く倒れ、快適この上ない。ひょっとしてこの旅一番のバスではないか??

しばらくすると、2人組の旅行者がバス後方の通路をうろうろし始めた。2階建てバスで1階がVIP席、2階が一般席となっているが、1階と2階を間違えたのだろう。おっちょこちょいな人たちだ。我々に声をかけてくる。

「座席何番?」

「何を言ってるのさ。39番と40番。僕らは一番後ろの席だから間違えるわけないよ。ほら。」

座席表にライトを照らすと35番、36番の数字が。

非常に残念なお知らせですが、我々が購入したバスチケットの座席はありませんでした。

一番後ろということで座席番号も確認せずに座ったけれども、まさかこんなトラップがあるとは。思い返せば、昼間バスチケットを買いに行った時、おっさんが、手書きで座席表を書き加えていた。。。

その後は、悲惨な末路。たらいまわしの上、相当ランクの下がるバスに乗せられ(当然預け荷物にタグはなし)、せっかく直行便を買ったのに、朝の6時に乗り換えで降ろされ、次のバスに至っては、冷暖房もない激安バスをあてがわれ、隣にいた老夫婦に「グッドラック」と言われる始末(ちなみにこの老夫婦は宿の人が薦めたもう一つのバス会社を利用していた。)

しかし、意外とこういう時は何も起こらず、4時間遅れで無事ボリビアのコパカバーナに到着。ティティカカ湖がとてもきれいです。

人間、こうやって強くなっていくのか、と思った。
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by shingo20100620 | 2011-01-20 07:50 | ペルー編
朝3時30分起床。前日の夜はシャワー浴びて、ビール飲んで、打ち上げみたいな感じになっていたけれど、当然ながら今日が本番。

朝5時出発。何の因果か、トレッキング始まって以来初の本降り。「ポンチョとかいらんかったね」とか前夜話していたのに、ここに来てお役目到来。

修行僧のように夜明け前の山道を黙々と歩く。
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それにしても辛い。雨の中のトレッキングがこんなに辛いとは。。この4日間で一番過酷な2時間ほどの苦行(?)の後、ついに「太陽の門」にたどり着く。ここは、インカ道上初めてマチュピチュの全景を一望できる山の頂の絶景ポイント。恐らく、インカ時代の人々もここからマチュピチュを眺めてこれまでの長い道のりに思いをはせていたのだろうなぁ、と感慨にふける。

「さあ、出でよ。マチュピチュ」

「・・・」

「・・・」

何も見えない。本来ならここからマチュピチュが「ぐわっ」と見えるはずなのだが一面、霧。
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昨日まで、日頃の行いが良いとしか思えない好天が続いたわけだけど。
全てはこの瞬間のために歩いてきたわけだけど。
でも、この瞬間、あたり一面じゃじゃ降りの雨なわけだけど。
そういうわけで、マチュピチュを前にして全く何も見えないわけだけど。

なんという、不運。そこにいる全員が同じことを心の中で叫んでいる。太陽の門を前にして漂う負のオーラ。。。それでも、まあ、人生なんてこんなもんさ。と妙におかしくなってきて、1人くすくす笑ってしまった。

そこから、ひたすらあるはずのマチュピチュを目指す。絶対、ここで30分くらい待てば、霧が晴れるのに!!と思うも、グループはどんどん先に進んでいく。牛歩作戦、ばりに最後尾をだらだら歩く。マチュピチュは山の上から見なきゃダメなんだよ!!

そのとき、不意に見えた。雲の切れ目からマチュピチュが。まるでラピュタのようだ。不覚にも涙が滲み出た。服は雨でずぶぬれ、身体は凍える寒さ、4日間、溜まりに溜まった疲労。そんな中で、マチュピチュがチラッと見えた。これ以上の演出はあるだろうか。

急いでカメラを取り出す。ラピュタでは、お父さんは撮影に成功したが、何者でもない僕のカメラには何も写らず。と思ったら、微妙に写っている。僕はこの、このカットで泣きました。今、見ても何も感じない。。やっぱ、物事はプロセスが大事だなぁ、と思う。
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すぐに分厚い雲に覆われて、何も見えなくなってしまったけど、僕のマチュピチュ体験は、この一瞬が全てだといっても過言ではない。

その後、天気は回復した。雨季といっても普通は一日中雨が降ったりはしない。ガイドと一緒にマチュピチュの内部の観光をしたが、僕にとってはもう消化試合のようだった。もうそれは、普通の遺跡観光だった。

我々は、朝、見ることができなかった「太陽の門」からのマチュピチュを見るため、解散後インカ道を逆走。チームメンバー達はみな仰天。でも、改めてみたマチュピチュはやはり美しかった。

午後、マチュピチュから見た「太陽の門」
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3泊4日のインカトレイル。

感想。

行ってよかった。
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by shingo20100620 | 2011-01-18 12:11 | ペルー編
今日も朝5時30分起床。昨日と同じ流れで7時に出発。昨日が大変といっておきながら、今日も大変な気がする。とりあえず、キャンプ地から綺麗に上に向かって伸びている道(昨日確認済み)をひたすら登る。せっかく降りたのに。。インカトレイルの大変さは、激しいアップダウンとか。
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本日はインカ遺跡のオンパレード。だんだん慣れてきて、もうマチュピチュ見なくてもいいんじゃないか、という気持ちが頭をよぎる。(翌日、マチュピチュは別格だったことを知る)
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途中、ケチュア語で「パチャママ」と呼んでいる大地の神様に捧げための石を拾う。その石を山の頂上まで持っていくわけだが、我々、小さくまとまって米粒みたいな石を拾う。
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ブラジル人の姉さんはとても大きな石を拾っていた。登り坂で一番辛そうだったのに、イベントを楽しむブラジル人。器の違いを知る。
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昼食後のシエスタ。チームメンバーが寄ってたかって嫁さんを激写していた。
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高度が下がってくると、日本人好みの景色が広がってくる。屋久島以来、苔ファンになった僕は喜ぶ。
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本日も10時間ほどのトレッキングを終え、キャンプ地に無事到着。
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by shingo20100620 | 2011-01-17 01:53 | ペルー編
2日目はインカトレイルで1番、大変と言われている日。朝5時30分起床。ポーターさん達がたたき起こしてくれる上に、熱々のコカ茶をテントまで持ってきてくれる。相変わらず、至れり尽くせり。

6時10分から朝食。後片付けも行わず、7時に出発。この日は、3000メートルのベースキャンプから一気に1200メートルを登りきる。

初日は、まあ一団となって進んだチームもこの日はばらばら。若者はどんどん山を登っていくのに対し、年長者は初めからきつそう。我々も年長者の部類に入るのだが、プライベートのポーターを雇うという飛び道具を使ったおかげで中盤をキープ。この日から、我々夫婦と全く同じ年齢構成のイギリス人カップルもポーターを雇うことになり、お互いニヤリとする。

休憩を挟みながら1歩1歩登っていく。やはり、この高度だと1歩登るだけで息が切れる。それでも何とか無事登頂。天気も何とかもった。頂上でひとしきり皆とはしゃいだ後は、下山。まだまだ終わらない。700メートル下のキャンプ地まで頑張らなければならない。

膝がとても悪い僕は下りがとても苦手。日本から持ってきている高級サポーターを巻いてもまだ心もとない。20歳前後の学生達は飛び跳ねるように階段を駆け下りていく。(君ら、10年後に泣くよ)と心の中で負け惜しみを呟きながら、1歩1歩慎重に下っていく。

午後4時30分頃、無事キャンプ地に到着。



自分達が歩いた道を振り返る。
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休憩中。皆、思い思いにくつろぐ。
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頂上から登ってきた道を振り返る。
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これから下る道。山のこちら側とあちら側では天気が全然、違う。
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ゴールは目の前。明日歩くであろう道が見えるけど、とりあえずは見ないことにする。
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キャンプ場から見た月がとてもきれいだった。
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by shingo20100620 | 2011-01-16 01:07 | ペルー編
朝6時30分、クスコを出発する。完全に宿の人任せでツアー会社の名前すら知らない我々だったが、きれいなバスでちょっと安心する。走ること2時間弱、インカトレイル最前線の町、オリャンタイタンボに到着し最後の準備を整える。ここから更にバスで1時間弱、出発地点に到着する。我々のツアー参加者は何と45人。これだけの人数が果たして全員、マチュピチュを拝めるのだろうか。トレッキング中はこれを2つのチームに分けるようだ。我々のチーム構成はこんな感じ。

イギリス人・・・・3人
ポルトガル人・・・2人
ドイツ人・・・・・1人
オーストラリア人・1人
コロンビア人・・・1人
メキシコ人・・・・1人
アルゼンチン人・・5人
ブラジル人・・・・6人
日本人・・・・・・2人

何と、英語圏が少数派。ガイドの説明もたまにスペイン語だけだったりする。イギリス人の旅行者の1人が呆然としているのが印象的だった。アジアを旅していると、旅行者は欧米人ばかりで近隣諸国の旅行者など皆無だったが、南米では思いの他若者の行き来が多いようだ。

出発地点で寝袋、マットを受取り、ポーターに我々の荷物を預け(?)、準備完了。そうなのである。へたれな我々は、着替えや寝袋の入ったバックパックを運ぶために個人的にポーターを雇ったのである。極限状態を体験するためといいつつ、お金で解決する僕ら。

大所帯のチームは何事にも時間がかかる。結局11時過ぎにスタート。すぐに、パスポートコントロールがある。パスポートがないとインカトレイルに入れない。でも、パスポートにスタンプを押してもらえるのがちょっとうれしい。

軽装の我々は足取りがとても軽やか。スタスタ歩いているとポーターの人たちがありえない量の荷物を担いで我々を抜き去っていく。4日間続くのだが、ポーターの人たちは、我々の到着前にキャンプ地に到着してテントを立て食事の準備をする。我々が食事をした後は、片付け、トロトロ歩く我々を追い抜き、次の場所でまた用意して出迎える。我々はただただ歩けばよい。まさに大名行列である。まったくもって苦しゅうない。

実際、初日の感想は拍子抜けするほど楽だった。天気が崩れる直前の夕方5時ごろ、本日のテントサイトに到着。

道上はツーリストで一杯
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途中にはインカの遺跡もチラホラ。マチュピチュへの期待が高まる
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インカトレイルのほとんどの道はこのような石畳
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by shingo20100620 | 2011-01-15 06:16 | ペルー編